『ありがとう』の重要性

(↑大事な宝物のムーミンキャンドル❤️)

すごく久しぶりのブログです。

わたしは結構コツコツ長続きするタイプの人間なのに、、ブログは続かない。

でも、久しぶりに書きたいことが湧いてきて、今は夢中でキーボードを叩いています。

本当は動画で表現できたらいいんだけど、多分この熱量と内容を10分弱の動画には出来ないと思ったから。

悔しいけど、ブログで書くことにしました。

今回のテーマは『ありがとう』の重要性。

本当の意味で感謝の大切さに気付いた一週間だったので…

アウトプットしたいなと思いました。

一言のありがとうに救われる

誰かに言われて一番嬉しい言葉はなんですか?

わたしはありがとうです。

純粋に喜んでもらえたら嬉しい。

それは物品をくれたら嬉しいとか、そういう単純なありがとうではなくて

「美味しいご飯をありがとう」
「いつも頑張ってくれてありがとう」
「手伝ってくれてありがとう」

とか、、そんな小さなありがとうでも、とても嬉しい。

どんな人も、日々生きるために頑張って努力を重ねていると思います。

時に向き合いたくない様な面倒くさいことも

家族の為、友達の為、自分の為、愛する人の為に頑張って乗り越えることはあると思います。

どんなことも自分の選択で、自分の責任、何の見返りを求めずにやるのが当たり前と言ってしまったらそれはそうなんですが…

でも、だからと言って疲れないわけでも、悔しいことが無いわけでもない。

だから人は、頑張りが当たり前だと思われれば『こんなに頑張ってるのになぁ…』と悲しい気持ちになる。

『そんなに嫌ならしなきゃいいのに』とか言われたら、もう最悪(爆)(いやいや、そうなんです、そうなんですけどね…w)

頑張ってきたことにちょっとだけ目を向けて、笑って『ありがとう』を言われたい。

そんなのは至極当たり前のことです。

別に自分をヒーロー扱いしてほしい訳じゃないし、自分だけが頑張っているとか言いたいわけじゃないんだけど…

たった一言「ありがとう」と笑って言ってくれたら、それだけで救われるのになあ~なんて思うのは、人間だったら当たり前だと思います。

人からの『ありがとう』の言葉は、10000万粒のチョコレートよりもずっと元気をくれる。

それくらい、ありがとうって力のある言葉だと思うんです。

ありがとうと勘違いされやすいごめんなさい

最近、自分が『ごめんなさい』を連発していることに気付きました。

わたしはかなりダメダメな人間で

結構失敗ばかり。

この前も大親友のYouTuberたったんに散々迷惑かけて、『ヨギ子は人の話聞いてないよね』とか怒られたしw

とっちらかると訳の分からない行動して人を困惑させたり

朝起きられなくて子供に怒られたり

『自分は正しいんだ!』と傲慢な態度をとってみたり…

本当に言及し始めるととんでもなく出来損ないな人間で、考えれば考えるほど恥ずかしくなる…トホホ…

だからとにかくごめんなさいの連続。

失敗しちゃ『ごめんなさい』

なんならもう失敗を恐れて『わたし必ず迷惑かけるんで、あらかじめ謝っておきます』とまで言う。

更に、誰かが人知れず自分の為に何かをしてくれてた時も

『気づかなくてごめんなさい!』とひたすらにごめんを連発。

ごめんねをどれだけ言ったか?を競う選手権があったら、間違いなく決勝戦まで行くと思う。

けど、、

最近思ったのは

迷惑をかけられた相手や自分の為にぐっとこらえて我慢してきてくれた人、自分の弱点にもそっぽを向かずに付き合い続けてくれた人は果たして私から「ごめんなさい」と謝り続けられることを望んでいるのだろうか?

ということ。

迷惑かけまくって、それでもそっぽ向かずにわたしに向き合ってくれる人たちは、わたしにごめんを言われたいが為に側にいるのだろうか?

違うよね…。

皆それぞれ理由があって側にいて、その理由は相手に依存するところだけど、『ヨギさんはごめんをいっぱい言う人だから、関わりたいな』なんて思う人はいないよね…。

 

実際、自分自身が逆の立場で謝られることが多々あります。

その時にどんな感情が沸くのか?を思い出してみましたが…

相手が自分の嫌なことをしてきたり、悪いことをしてきた時に謝られなければ悲しいです。はい。

でも、自分の密かな頑張りや

相手を想って飲み込んでいたことに

人生をうまく回そうと思って人知れずしてきたことに

「ごめんなさい」を向けられたらすごく悲しい。

自分の努力は、人に謝罪させるためにしたことではないのに…と思う。

自分や人が幸せになる為にしてきたことなのに

『苦労させてごめんなさい』
『気づけなくてごめんなさい』

自分のがんばりは、結局人を悲しませることになるのか…とがっかりします。

そのごめんなさいは、誰の為にあるのだろう?

相手の為?自分の為?

本当に相手の事を思ったら、

『ありがとう』と相手の忍耐や思いやりに感謝することの方が大事な気がする。

自分の事を想い、陰で色々我慢してくれたことも

すまんと詫びるのではなくて

そうしてまで自分と向き合い続けてきてくれたことに感謝するのが

相手にとって最も救われる行為なんじゃないか?と。

(勿論悪いことしたら謝るのは大前提なんだけどね)

与えてもらう事には感謝

なんだか書いてる本人も何が言いたいのかわからない記事になってきたけど…

つまるところ、やっぱり『ありがとう』はすごく大事な言葉だと思うんです。

でも、自分は果たしてちゃんとありがとうが言える人間なんだろうか?と自分のことを振り返ってみると…

素直にありがとうと言って感謝し、喜ぶ機会はすごく少ない気がします。

近い人には特に。

『自分だって一生懸命頑張って来てるんだ!』的に意地っ張りになってありがとう言うの忘れたり

先述の通り、自責の念のごめんばっか連発してみたり

心の底から相手の頑張りや度量、相手が自分を想って思いやりで耐えてくれたことに

『ありがとう』を言っていない自分に気付きます。

自分自身はありがとうの一言で救われるくせに…。

『ありがとう』と感謝すること、だぶん、これってめっちゃ簡単なようで、意図しないと難しい。

 

だから、わたしは出来ればありがとうを素直に伝え続けられる人間になりたい。

歳をとってこれから一層頑固になるでしょうよ、、

でも、それでも『ありがとう』は忘れない人でいたい。

自分がわがままになったとしても、優しく見守り受け止めてくれる思いやり

自分の事を想い人知れず耐えてきた努力

自分に感謝をしてくれる優しさ

自分の事を大切だと思って側にいてくれる人々

どこまでも諦めないで自分の人生に寄り添ってくれる人

どんなことも、ありがとう、心からそう思い言える人になりたいです。

多分、そんなこと言ってもまた上手くできない日々を送るんでしょうがw

それでもね、、

 

多分また人生にいっぱいいっぱいになると忘れてしまう時があるから。

今日は自分の為にここに覚書をしてみました。

 

というわけで、この記事を読んでくださって皆さんにも本当に感謝します。

本当にありがとうございます(*^^*)

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